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「役に立つ」ものだけが評価される暴力的な世界

くまもん posted by くまもん
「役に立つ」ものだけが評価される暴力的な世界

有用であることは、現代社会に「ある」ために、そして生きるためにほぼ必須の要素となっている。

日々生み出されるさまざまなプロダクト、サービスは、基本的に有用だから世に出されている。

書籍だってこの世界でより多くの人に読まれるのはビジネス書などの実用書だ。

人の評価も基本的にはその組織にとって有用であるかどうかによって決まる。

 

ただ、その有用さは時に危うく、暴力的でさえありうる。

この記事では、有用さという万能な軸に依存する現代社会が抱く危うさについて考察していきたい。

 

「有用さ」という万能軸の誕生

産業革命がおこり、それまで支配的だった王族貴族が没落し、代わりに巨万の富を生み出したブルジョワジーが台頭したあたりから、有用さに対する希求は苛烈さを増した。

 

産業革命が、近代化が、さらに言えば資本主義が、人間をより経済化させたのである。

有用であることは、資本主義というゲームを勝ち抜くのにほぼ必須の要素となった。

これは今も変わっていない。むしろ資本主義が深化するにつれて、人は有用さというものさしなしには、ものを見ることすら難しくなった。

 

万能軸の正体

有用であるかどうかという指標は、換言すれば、「資本主義ゲームに勝てるかどうか」という極めて経済的かつ一元的なものだ。

資本主義社会においては、この指標はほぼ万能であるといっても過言ではない。ただ、その万能さは同時に多くのものを切り捨てる。

 

有用性のみに着目してしまうと、「役に立たない」とみなされた存在は排除される。

絵画鑑賞は、仕事をする上で「役に立たない」。

哲学は、生きる上で「役に立たない」。

機能障害を持つ者は、障害を持たないものに比べて仕事の幅が狭いから「役に立たない」。

同性愛者は、生殖しないから国家の繁栄に「役に立たない」。

 

有用性の信仰は、マイノリティと呼ばれる存在を排除し、教養と呼ばれる存在を拒絶する。

 

豊かさとは、万能軸を取っ払った先にあるもの

人は有用さから離れることで文化を形成した。

精霊を信仰すること、人が着飾ろうとすること、アクターとして演じること、どれも有用であるとはいいがたい。

しかしその行為から、神話が生まれ、宝飾が生まれ、劇が生まれた。

 

それこそが豊かさである。

 

豊かな世界とは、そんな役に立つかどうかわからないことに熱中できて、どんな存在であっても認められる多様性にあふれた世界なのだと思う。

 

 

 

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