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それでも選んだのは自分だから

今、別の文章を書いていて、ふと降りてきた。

まぁ、生きてるとみんなそれなりに壁にぶつかることがある。

僕は、それを”波”と表現していて、上がれば下がるし、下がれば上がるものだと。

だから、調子が良い時があれば悪い時もあって、それらは表裏一体だという話。

つまり、「良い時だけ」や「悪い時だけ」は存在しない。

必ず、アップダウンがある。

だから、僕は怒らない。喜怒哀楽の感情は大事にしたいが、怒りを表現することは選ばない。

感情は自動発生するものなので、コントロール不可だけど、その感情を表現するかは、コントロール可能だと思っている。

物事をコントロール可能なものと不可能なものに仕分けするの重要なライフハックだ。

そして、「どう解釈するか?」はコントロール可能だと思う。

例えば、ムカつくことがあったとしよう。

「ムカつく!」という感情が発生するのは仕方ない。考える前に感じるから感情なのだ。防ぎようはない。

しかし、その感情をどう扱うかは、自分の腕の見せどころだ。

「ムカつく!」という負のエネルギーをどう解釈して、どこにぶつけるか?

人にぶつけて発散していたら、何も残らない。が、自分の感情に向けると内省を深めるためのエネルギーになる。

マイナスとマイナスを掛け算すればプラスになるように、すべては扱い方で変えられる。

しかし、いきなりそれをするのはハードルが高いので、まずは受け止め方を変えてみる。

それこそが、今回のタイトル「それでも選んだのは自分だから」だ。

僕たちは人間だから、心で感じて、脳で考えて、自ら意思決定を下している。

どんな理不尽なことだとしても、その環境をその状態を選んだのは自分だから。

少々、マッチョな思考な気もするので、他人にこの思考を押し付ける気は毛頭ないが、僕は時折これを考える。

そうすることで、人生のハンドルを自分で握ることができるのではないだろうか。

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