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第3回:哲学を考えるシェア会のイベントレポ

どーも、ゴーゴーケンゴです。

先日トークンハウスで行われたくまもんによる第3回「哲学を考えるシェア会」のメモと感想を書いていきます。

前回のレポートはこちら。

≫第2回の哲学シェア会レポート

自殺について、どう思う?

「自分を大切にするために、死を選ぶ」って話もあり、難しいなぁと。

想いを伝えるために、「自殺」という手段を選ぶ。

生への執着はないが、死への恐怖があるので、選択しない。
恐怖を超えて死を選択するのは、それほどまでのナニカが働いてる。

ラクに死ねるようになったら、もっと自殺が増えそう。
社会としても問題だし、人間としても良くない気がする。

気分が落ちてる時は、生きるより死ぬことのほうがラクに思う

どうすれば、自殺する人を減らせる社会になるか?

▼パターナリズム
=強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志は問わずに介入・干渉・支援することをいう。
 例)シートベルト着用義務など、自殺を止めることもそう。

「死にたい」という想いの裏側にあるものへ、アプローチするチャンスはあって欲しい。

「死にたい」=「苦しみから逃げたい」という場合が多いとおもうので、「死」以外のアプローチはありそう

心のパターナリズムがあるといい
=自殺する人というのは、すでに「心が死んでる」と。

自殺をやめた人のほとんどが「自殺をやめてよかった」と言ってる

人は一人で生まれてきたわけじゃないから、一人だけの命じゃない

諸法無我=自分と他人の境界線がない

無人島で生まれたら自殺はしない?
=他人との比較のなかで絶望する

自立とは依存先を増やすこと

尊厳死と安楽死について

  • 尊厳死=治療をやめる
  • 安楽死=薬を投与して死に至らす

寝たきりになるんだったら、死なせて欲しい
半身不随なら考えるけど…

安楽死は、生きる目的を与えれなかったから?
希望があれば安楽死は要らないのかな…

社会的に認められるのが難しい

安楽死や尊厳死には反対。
命の選別がおこなわれる危険があるから。

最後に

今回も、答えのない問いをみんなで話し合ったのですが、その中でも印象深かったのは『差し出すものがないと「助けて」と言えない』という話です。

しんどいとき、つらいときほど周囲に相談したいけど、無料で相談するということは相手の時間を奪ってしまうと思ってしまうと。

でも、それは日本の教育の影響だと言うんですね。

忘れ物したら怒られるのは日本ならではだと。

日本は自分のものに名前を書いたりと、自分のものと他人のものを分ける意識が強いみたいです。

だから、比較してしまうんですね。

ちなみに、ラオスはモノに名前を書かないそうなんですが、それは最初からシェアする意識が強いからとのこと。

普段からシェアしてると、追い込まれたときもシェアしやすくなるってのは、確かにありますよね。

トークンハウスでは、嬉しいことも悲しいこともくだらないことも日頃からシェアできるように、スラックで1人1つ個人チャンネルがあるんですが、そこはまさになんでもシェアできる場所かなと。

もっと、心のセーフティネットにしていきたいですね。

P.S
ちなみに、ラオスの学校ではカンニングが横行してるそうです。
でも、知識のシェアってそういうことですよね?
良いと思いました。

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