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自分に向き合うということ

「自分に向き合う」ということは「人に向き合う」ということ

今日は「自分に向き合う」ということについて書く。

結論から書くと、「自分に向き合う」ということは「人に向き合う」ということと同義だと思う。

自分に向き合おうと思ったら、人に向き合わないと向き合えないし、

人に向き合おうと思ったら、自分に向き合わないと向き合えない。

なぜなら、人間は関係性の中で生きているから。

母親から生まれて、家族がいて、友人がいて、仕事仲間がいて、コンビニの店員さんがいて、

割愛するけど、名前も顔も知らないたくさんの人たちと間接的に関わり合いながら、生きてるわけで。

他人の中に自分を投影して、「自分」という存在を認識する。みたいな。
このニュアンスは伝わらないかもしれないけど。

あと、「周りの目が気になる」と言うときの「周り」とは、もう一人の自分だったりする。

「周りの目が気になる」と思ってるのは、自分だから。

なので、本当に気にしてるのは、自分自身なんだと。

なんか、ややこしくなったけど、「自分に向き合う」と「人に向き合う」は、ほぼ同じだと思う。

コーチングは「人に向き合う」の塊

僕は、今ZaPASSというコーチングの会社でコーチとしても活動してるんだけど、

コーチングは「人に向き合う」の塊だと思っている。

僕は「クライアントの人生を伴走する存在」がコーチだと思っているので、

セッション中は、自分の中にクライアントを宿す。ようなイメージを持っている。

クライアントの言葉だけでなく、表情、視線、仕草、空気感といった「目の前の事象」から感じ取る。

この「感じ取る」というニュアンスを大事にしてる。

決して「考える」ではない。

「考える」と、自分自身の経験や思想が混ざる。

それは、コンサル的であってコーチング的ではない。

もちろん、セッションの中でコンサル的なアプローチがあっても良いと思う。

ただ、「人に向き合う」という観点でみたときに、大事にしたいのは「純度を高める」ということだ。

自分の思惑なんて不純物を混ぜないようにする。

ただ、聞いて、感じ取る。

耳をすませて、ちゃんと聞く。

聞きながら、考えない。

次はこういう質問をしようとか考えない。

深く、聞く。

そうしなきゃ、感じ取れない。

考えるのは、もっと後でいい。焦るな。

この感覚を自分自身にも向けてみる。

自分の頭の中に溢れ出す言葉に耳を傾けてみる。

ノートに書き出してみる。

くれぐれも考えないように。

考えるのは、もっと後でいい。焦るな。

感じたままに、湧き出た言葉を書き出してみる。

その言葉をみて、何を感じるか?

向き合うということは、あれこれ考えることではない。

今、この瞬間を感じ取ることだ。

ここで、終わりにしようかと思ったけど、もう少し書いてみる。

今この瞬間、自分がどう感じているか?

「向き合う」ということは「今、この瞬間を感じ取ること」という結論に至ったんだけど、

そうすると、「向き合う」ということに終わりはない。

死ぬまで、向き合い続けれるということだ。

人生に向き合い続けるって、すごく素敵。

ここまで書いてみて思ったわ。

「向き合う」ということを「考える」だと解釈してる人が多い気がする。

「考える」だと遅いんだよな。不純物が混ざるから。

じゃなくて「感じる」のほうが、ピュアでいい。

「自分に向き合う」ということは、「今この瞬間、自分がどう感じているか?」を感じ取ることなんだな。

「人と向き合う」も同じで、自分の中にその人を宿した状態で「今この瞬間、自分がどう感じているか?」を感じ取ることだと。

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