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明るくて楽しそうに見える人ほど傷が深いという話

明るくて楽しそうに見える人ほど傷が深いという話

写真はこないだプノンペントークンハウスメンバーでボウリング大会をしたときの一枚。(今回のお話とは関係ありません。良い写真だったので使いました。)

今回はちょっと感情論強めなお話です。

こういう意識を頭の片隅にでも置いていたら、今よりちょっとだけ優しくなれるよねと。

光があれば影もある

これは昔の僕の話なんですが、「友達から裏切られた」という感覚に陥ったことがありました。

そいつはムードメーカー的な明るく楽しい奴で、他の仲間と一緒によく飲んでました。

しかし、ある日そいつにお金を貸したまま飛んだんですね。

正直、めちゃくちゃ仲良かったわけではなく、ただの飲み友達という感じだったので「あぁ、しょうもない奴やな」程度で見限ってました。

ただ、その時に偶然読んだ本が『嫌われる勇気』だったんですね。

それを読んで衝撃を受けました。

俺はなんて自己中だったんだと。

人間は表裏一体の生き物であり、長所があれば短所がある。それなのに、僕は相手の長所しか見ようとしてこず、短所から目を背けてたんですね。

これじゃマズイなと。

僕からお金を借りて飛んだ奴はどうであれ、誰しもが短所を持ってる。

深く付き合っていけば、そういった見たくない部分まで見えてくる。

その度に自分から見限って「あいつも所詮はそんなもんか」と切り捨てていたら、いつまで経っても自分は「相手の長所しか見ない」浅い人間関係しか築けません。

それからは、ちゃんと相手の長所と短所を意識してみるようにしてます。

「こいつ、めっちゃ気合うな〜最高!」て人の短所を想像する。

「この人、苦手なタイプやな〜」て人の長所を想像する。

光があれば影があるのは当然、光が眩しいからこそ影が濃く映るように、影があるということは光があるということなんですね。

そうやって、物事を色んな視点からみえると少し優しくなれると思います。

周りのバイアスが、本人からするとプレッシャーになってることも少なくない

こないだ知り合った子がまさにそれだったんです。

明るくて社交的な誰からも好かれるタイプの子。

だけど、話を聞いてたら実は過去のトラウマから、社交的に振る舞うように気をつけてると。

僕はてっきりナチュラルに社交的な子なんだと思ってたので意外でした。

と同時に自分自身が無意識のうちに「社交的だから明るい子」というバイアスをかけて見ていたなと反省しました。

そういった周りのバイアスが、本人からするとプレッシャーになってることも少なくないよなと。

明るくて楽しそうに見える人も2種類いて、ナチュラルでそうしてる人と意識してそう見せてる人。

そういった可能性を捨てて、自分勝手に見たいように捉えるのではなく、目の前の人のありのままを受け止めれるようになりたいなと。

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