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大切なものを大切にするということ

植木大介 posted by 植木大介

 

人間は、「幸せ」という隠れた概念を認識することが難しい。

人生は、お金を大量に稼ぐことでも、人との競争に勝つことでも、有名になることでもなく、それぞれが想う幸せな時間を長く過ごすためにある。

ただ、この幸せという概念は、本当に難しい概念だ。本当はそこにあるはずなのに、失うまでその存在に気づくことが難しい。

何を失ったり、状況が変わったりして「負」を感じた時に、過去の「正」の状態を思い出し「ああ、あの時は幸せだったな」と気づく。

つまり、幸せは通り過ぎてから、認識することの方が多い。これは幸せの構造上そのようになっている。

この平常時には認識することを怠りがちな「幸せ」を、都度意識して咀嚼し、意図的に認識するように意識するだけで驚くほど幸福な人生を送れる。

今日もご飯をいっぱい食べられて幸せだな、今日も清潔な布団の上で寝られて幸せだな、今日も交通事故に合わなくて幸せだったな、と。

言葉に出してとりあえず言ってみる。

本当に毎日驚くほどの小さな幸せに囲まれて生きている、そしてそれは意図して認識していかないと、「慣れ」という名の不幸せによって包み隠されてしまう。

 

人の「個性」とは、「今までの人生で、何に時間を注いできたか」ということに尽きる。

面白い人や突き抜ける人は、人が理解できないほど時間の投資先が偏っており、その偏りこそが人を強烈に引きつける。

はたまた、大切な人を見過ごすことなく、仲間や友達、パートナーを大切にできた人は、いつでも濃い人間関係を気付け、自分の外側にコミュニティとしての個性のようなものを帯びている。

これも一つの個性である。

それは、どのような人を大切にするかという意思決定であり、その人たちが困ったり、悲しんでいたら、時間を惜しむことなく寄り添うことができるか、ということに尽きるわけで、個性とは自分自身の中にだけ宿るわけではなく、身の回りの大切にしたいコミュニティも含め、人と人との繋がりの中にも宿るのである。

大切にしたいと思える人をきちんと大切にし、自分というもののラインを拡張していくことこそ、豊かな人生だなと気づいた。

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