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自分の中で自信を育てる方法

自信を持ちたいのであれば、まず「自ら信じれるモノ」を明らかにする必要がある

「自信」とは、どうすれば持てるようになるのか?

思考を書き出しながら考えてみる。

パッと思いつくのは「他人から褒められたとき」だ。

でも、ただ単に褒められるだけでは自信にはならない。

自分自身の評価と他人の評価が合致した時に「自信」になるのだと思う。

「自らを信じる」と書いて「自信」なので、そもそも自ら信じていない部分に関しては、
いくら他人から褒められたところで、自信にはならない。

例えば、自分では「イケてる」と思ってないのに、周りから「イケてる」といくら言われても、それは自信にはならない。
むしろ、他人に対する猜疑心が強くなるだけだ。

なので、自信を持ちたいのであれば、まず「自ら信じれるモノ」を明らかにする必要がある。

好きな動詞を考える

この「自ら信じれるモノ」とは、どういうモノがあるだろう?

パッと思いつくのは「好きなモノ」だ。

好きなモノに理由なんて要らない。「おれはこれが好きだ!」と言い切れるモノがあれば最高。

こないだ、だいすけ君との話の中で『自分の仕事の中で、好きな動詞はなにか?』という話があったので、それを引用する。

これは、「営業」とか「プログラミング」とか「企画」とかではなく、
「説明する」とか「考える」とか「繋げる」とか、そういうイメージ。

僕は「整理する」が好きな動詞だったので、それを例として出す。

僕は「整理する」ことが好きなので、他人から「読みやすい文章ですね」とか「言語化力が凄い」とか言われると自信がつく。

自分自身の評価と他人の評価が合致してるから。

そうやって、自信がつくと「ひょっとしたら、これは得意なことかも」と更に自信が持てる。

でも、多くの人は自信を持ってない。

なぜか?

「自信」の9割が「過信」から始まる

それは、「自信」の9割が「過信」から始まるからだ。

僕は大学一回生の頃「俺は関西で一番酒が強い」と思っていた。完全なる過信だ。

しかし、不思議なモノでそう信じて振る舞っていると、本当に酒が強くなったりする。

そうして、「過信」が「自信」に進化するのだ。

ただ、「過信」はある程度バカじゃないと出来ない。

「俺は関西で一番酒が強い」と本気で思うなんて、どう考えてもバカだ。

多くの人はバカじゃない。大人になれば特に。

バカじゃないから、過信しない。多くのことを知りすぎると、過信できない。

じゃあ、過信せずに自信を持つ方法はないのか?

それこそ、自己評価と他人の評価を合致させるということなのか。

「自己評価>他人の評価」であれば、過信。

「自己評価<他人の評価」だと、卑下。

「自己評価=他人の評価」が、自信。

みたいな感じかな?

どうすれば自分の中で自信が育つのか?

ここで、ようやく本題に入っていくんだけど、「どうすれば自分の中で自信が育つのか?」について。

それは、「他人の評価」を自分で作り出すということ。

自己評価は主観だけど、他人の評価は客観。

客観性のある評価とは、「数字を使った評価」だと思う。

例えば、「今日もよく頑張った」は主観だけど、「今日も朝5時に起きて2時間読書できた」は客観。

数字を使った評価には余白がない。無機質。だから客観性が保てる。

自分で「数字を使った評価」を立ててみる。

僕は「1ヶ月で腕立て伏せ3000回」を掲げて、かれこれ1年近く続けてるんだけど、

これは筋トレではなく、精神トレだ。

達成しなくても、誰にも迷惑をかけない目標。
だからこそ、達成させなきゃいけない。

自分との約束だから。

1日5分あれば、腕立て100回はできる。
つまり、やろうと思えば必ずできる。

でも、普通の人はやらないしできない。
だから、ほどよい達成感がある。

3000回の腕立て伏せをしたところで、誰かに褒められるわけではない。
ただ、自分の心の中でニヤッとするだけだ。

そうやって、自分で立てた約束を守っていくことで、自分の中で自信が育っていく。

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