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何者でもない自分を許容した時から

植木大介 posted by 植木大介

何かが始まるかもしれないし、始まらないかもしれない。

「そんなことはどうでもいい」と思い込もうとして、何回も失敗していた。

何者かにならなければ,,,と必死にもがき続けるが、もがけばもがくほど、自分を苦しめていることも知っていた。

なんとなくうまくいっているように見える人生には、飽き飽きしていたし、
何かを自分で始めようとも、何を始めたら良いのかわからない。

「もっと楽しいことをしたい」「自分はもっと面白いことをできる」

このセリフこそが自分を苦しめている元凶であることも知っていた。

あるときは自分を騙すことだって平気でする。でも決して「騙す」という言葉は使わない。

世の中にはいつだって、つまらない自分を正当化するための言葉は溢れている。

「これは自分がやりたいことなんだ」

そうあたかも自分を説得するようにロジックを組み立て、その自分が作り出す虚構に、
心の奥底にどす黒い老廃物がたまり続ける、でもそこから目を背け、またなんとなく頑張ってみる。

「なんとなく」と「嘘」を黄金比率で混ぜ合わせた人生こそが、自分の人生だ。

家族からは、「頼むから普通に就職してくれ」と懇願され、周りの友達からは、「あいつも終わったな」と囁かれる。

「そんなことして何になるの?」

「将来はどうするの?」

世の中の大人たちがこぞって、そんな言葉を投げかけてくるものだから、
また自分は、なんとなくの人生を進む。そして自分に嘘をつく。

ある時、自分は気づいて、また行動に出る。

このまま自分らしさを出せない人生なんて嫌だ。

自分は他の人とは違うんだ。

そういって、一歩踏み出してみる。

でも想像以上に新しいことへのチャレンジは辛い。

「世の中そんなに甘くない」という言葉は、いつから言い訳のための言葉になったんだろうか。

また「なんとなく」と「嘘」を綺麗な割合で足して割って、
それを飲み込み続ける人生を歩き続けた方がどれほど楽だろうかと思う。

いつだって自分は逃げる準備をしている。

今この瞬間だって、たくさんの「嘘」や「なんとなく」を再度抱え込み、みんなと同じ方向に向かって走り出すことも考えている。

でも忘れてはいけないのは、どの道を選んだって辛いことは間違いなく起きるし、
自分ができないことにチャレンジすればするほど、困難にはぶち当たる可能性が高い。

ただ、どっちの方が辛いかなんて、
どっちの方が楽しいかなんて、
はたまた、どっち方が正しいかなんて、自分も含めて誰にもわからない。

それでも、多くの人が、「嘘」と「なんとなく」を選ぶ。

そちら側に行くと、自分自身に熱中ができなくなる。

「嘘」と「なんとなく」の人生の中を走っているときは、全ての景色が霞んでみえる。
なんとなく、「これで良いのだろうか」と考え続ける。

そんな自分を正当化するために、決して悪気はないのに
自分と違う選択をして、一生懸命もがいている人の失敗を笑うし、人の努力を意識高いと揶揄して笑う。

人の人生に熱中する。人の人生のために、自分の貴重な時間を注ぐ。

それだったら、

やっぱり自分は、自分に正直に生きたいなと思う。
「自分は何者か」は永遠にわからないんだろうけど、
もがき続けて、時には人に笑われ、馬鹿にされる人生の方がよっぽどマシだ。

どっちが良い人生とかは、やっぱり誰にもわからないけど。

でも、人の人生を傍観者としてエンタメ化して笑って、努力をあざ笑うくらいなら、
笑われるくらいの人生の方がよっぽどマシだ。

そのたった1つの”こだわり”だけが、また自分を一歩前へと進めてくれる。

 

とにかく自分の内側に嘘をつかない、人に大笑いされる人生を歩んでいきたい。

そして、自分に素直に、もがきながらも前向きに走っている人たちにとって、少しでも何か力になれるような人間になりたい。

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